今日は法事で都内へ出かけました
いままでは ほとんど車でお寺さんまで乗り付けていたのですけど
今回は 腰痛なので電車です。
180mほど離れた 都営南北線に乗り換えます。
飯田橋の改札口はこうなっていて
「のりかえ」と「出場専用」とどちらを通ればいいのか迷ってしまいました
「のりかえ」は60分だけ有効らしいのですけど
営団と都営は経営主体が違うので
べつに「のりかえ」でなくてもいいのかなーと思いながらも
つい、「のりかえ」の方を選んでしまいました
電車の良い所は お寺まで歩いていくことになるので
車と違って 周辺の様子がわかることです
地下鉄の駅「本駒込」から7分ほど歩く間に
お寺がいくつもありました。
案内板を見ると 駒込周辺は お寺だらけなんですね
途中、小学校の横に「高林寺」というお寺があって、
そのまま素通りしましたが
洪庵は 幕末にコレラが流行った時、
原因も治療法もわからない この病気について、
西洋医学の関連書を急いで訳し、自らの経験も足して
『虎狼狸治準』(ころりちじゅん)という、対処本を作っています。
それを 周囲の医者に無料で配って、
お互いに情報を共有しながら立ち向かったそうです。
洪庵がいま 生きていたら、
コロナの状況や専門家たちに
なんて言うでしょう・・
で、この案内図の 本郷通りの下にある「天栄寺」は
この歩道橋の左側になります
先の「高林寺」は 歩道橋の右側の奥に続いている道を
少し入ったところにあります
上の写真の左側に写っている石碑を拡大すると
その縁起が 境内の入り口に建てられていました
で、この縁起を読むと
この「天栄寺」から さきの「高林寺」にかけての一帯が
江戸時代の三大野菜市場のひとつだったようです。
当時、市場は「やっちゃば」と呼ばれていて
駒込は神田、千住のやっちゃばと並んで栄えていたんです。
「土物店」は、つちものだなと読みます
ダイコン、ニンジン、ごぼうなど
野菜の多くに土がついていることから
土物と呼ばれたんですって。
このへんの特産、駒込なすなども売られていたはずなので
江戸時代は 「野菜」と「土物」が同義に近かったのかもしれません
今回 腰痛のおかげで
車で通りすぎるだけではわからなかった
駒込の歴史が少しだけ身近になりました
駅ではエスカレーターやエレベーターを
いっぱい使ってしまいましたが
腰痛も 少しは役に立つものですね